2008年4月26日 (土)

京都、列島縦断短歌スペシャル

25日(金)から京都入り。

Kyoto0426_7

今日は、NHKBS2の列島縦断短歌スペシャル。

今回の京都歌会会場は、渉成園。

主宰は、三枝昂之さん。
メンバーは、春日いづみさん、和嶋勝利さん、佐藤弓生さん、平岡ゆいさん、加藤である。

前夜、よく飲んだ。三枝さんと率直な話ができたことが収穫。
春日さん、平岡さんは初対面。春日さんは真木子さんの娘さん。
平岡さんは「弦」所属。若いがしっかりした方だ。
和嶋さんは、三枝門下の俊英。さすがに批評は冴えている。
弓生さんは、唐津以来のライバル。

歌会1部のテーマは、「京都の通り」


 夜明けなどないかのように遊ぶ子のあねさんろっかくしあやぶったか


5点入り、弓生さんに次ぎ2位だった。
この歌、票が入らないんじゃないかと思った。
下句のわらべ歌は、歌会参加者は了解済みという予想はあったが、上句のニュアンスが伝わるか、疑問だった。
さすがに、三枝さん、和嶋さんの批評は的確。
わらべ歌のある種の残酷さ、無気味さにも言及してくれた。
自分としては、荒んだ少年のイメージがあったが、それも伝わったようだ。

1部は、司会も担当したが、こちらは、まだまだという感じであった。


歌会2部の題は、「新しい」または「水」
投稿者(視聴者)と同じ題というのは、プロデューサーの計らいだろう。

これは、ほんとの即詠で、昼休みにつくった。
岡井先生が出した「新しい」に、ぴんと来て、これでいこうと決めていた。
まあ、できたと感じたが、もっといい歌が出来るかもしれないと思った。でも、一首できてしまうと、なかなかつくれないのが現実。
弁当が目の前にあるので、思考がとまってしまった。


 薄闇に響きがあれば新しいノブのつらなる廊下をあゆむ


抽象的な感覚から、現実のイメージへの転換があるだろう。
初句は「夢の底に」という案もあった。
また「かなしみに」も検討。
京都の街の雰囲気を出すために「ノブ」は、「花」や「枝」も考慮した。

こちらは7点入って1位。2位は弓生さん。死闘は続く…。



三枝さんを囲んで、京都駅のお店で打ち上げをした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

笹井宏之歌集『ひとさらい』を語る会のご案内

こんにちは。お元気ですか。
イベントのお知らせです。

Photo

われわれの友人である笹井宏之さんが第一歌集『ひとさらい』を上梓しました。
つきましては、下記のとおり、笹井さんの歌を語り合う会を開催したいと思います。
笹井さんの地元・九州での会となります。
ゲストに穂村弘さんをお迎えします。

ぜひご参加いただきますようご案内申し上げます。


           記


【日時】 5月24日(土曜)14時受付開始

    ・語る会 14時20分~17時30分
 
    ・懇親会 18時~20時

【批評会場】 八重洲博多ビル3F 会議室6
http://www.kyushu-yaesu.co.jp/hall/index.html

最寄り駅 福岡市地下鉄空港線 博多駅 徒歩5 分
福岡県福岡市博多区博多駅東2丁目18-30
TEL:092-472-2889


【懇親会会場】 後日お知らせします。


【語る会内容】 パート1 穂村弘と語る『ひとさらい』 (聞き手 加藤治郎)

        パート2 フリートーク


【会費】 批評会1,500円 / 懇親会4,500円

*批評会にはミネラル・ウォーターが付きます(持ち込みは、お持ち込み料発生)
 

【主催】 グループ彗星


【申込み先メール】 加藤治郎

お手数ですが、件名を「ひとさらい批評会申込み」とし、下記の項目と、A、B、Cのいずれかを明記のうえお申し込み下さい。
   

・お名前          
・ご住所
・所属(結社・同人誌・グループ等)


A、批評会と懇親会に出席

B、批評会のみ出席

C、懇親会のみ出席


勝手ながら、準備のため、出欠のお返事は5月15日までにお願いいたします。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。


☆笹井宏之歌集『ひとさらい』は、こちらでお求めになります。

http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月10日 (木)

石川啄木賞作品募集のお知らせ

このたび、北溟社により「石川啄木賞」が創設されました。
俳句、短歌、詩、それぞれの部門で募集です。
短歌部門では、大塚寅彦さんと加藤治郎が選考委員を務めます。
締切、迫っていますが、皆さんの応募をお待ちしています!
詳しくは、添付のPDFファイルをご覧ください。


応募締切 平成20年4月30日

短歌30首

なお、住所、氏名、電話番号、生年月日、結社名(所属があれば)を別紙に書いて応募ください。

応募は郵送のみの受付になります。

▼募集要項(PDFファイル)


「ishikawa.pdf」をダウンロード

お問い合わせは、北溟社にお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月18日 (火)

菱川善夫氏を悼む

12月15日、菱川善夫氏が逝去された。
78歳。胃癌だったと新聞は伝えた。
なんということだ。壮絶な死であった。
前衛短歌は根こそぎ終ったと思った。

20070609light

今年6月の神變忌シンポジウムでお会いしたのが、私には最後となった。
菱川さんは会場発言として、強い調子で、われわれを叱咤した。

 春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状 塚本邦雄

この歌はこう読むんだと菱川さんは、微笑んだ。
「あっ! あかねさす召集令状」
この「あっ!」は、絶叫であり、それでいて、現代短歌の未来への希望ともいえる、晴朗な声であった。
はっきり耳に残っている。

 現代短歌はすでに前衛短歌をもって終わっているのである。批評家の任務が未来の目を先取して現代を批判するところにあるとはいえ、ともに死するに足る作家と作品を持たぬところに、未来の目の豊かであろうはずもありえまい

                        菱川善夫「実感的前衛短歌論」

これだけ作家と斬り結んだ批評家は絶後である。
われわれが本当に欲しいのは、解釈や技術批評ではない。
この苦闘続きの現代短歌を先導する勇気が欲しいのである。

 激しい否定と断絶を求める精神にしか、現代短歌は成りたたないのである。

                    菱川善夫「現代短歌と近代短歌」

あなたの言う意味での、現代短歌は、死滅寸前である。

菱川さん!

ご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

柳澤美晴さん

「未来」彗星集の柳澤美晴さんが、本年度の歌壇賞(本阿弥書店主催)を受賞することになった。
11月26日の毎日新聞夕刊で、告知された。
受賞作タイトルは「硝子のモビール」である。

柳澤さんとの出会いは、「うたう」(短歌研究社)のコンテストで、作品のやりとりをしたことだった。柳澤さんは21歳だった。

「未来」で彗星集というぼくの選歌欄がスタートするとき、柳澤さんは参加してくれた。
それから一直線だった。紆余曲折はあったに違いないが、未来賞、短歌研究新人賞次席と、真っ直ぐに進んだ。

次席でよいのではないかと思った。短歌研究新人賞次席。経歴に書ける立派なキャリアである。
柳澤さんは、次席をよしとはしなかった。そこが凄いところだった。

柳澤さんの作品には、現代短歌の骨格がある。塚本邦雄からの摂取もある。序詞をはじめ現代短歌の修辞を縦横に操る。
その技巧の冴えをむしろ危ぶんだこともあったが、近作では、自らの生の根拠に遡るモチーフの確かさも見えてきた。
それが今回の受賞に繋がったのだろう。

おめでとう!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月22日 (土)

The Final Cut

「短歌研究」10月号が届く。30首8回の作品連載が終わる。
二年間だが、あっという間だった。

最終回は、気ままに詠んだ。

そうだ。夏休みに創ったのである。
太陽が撓んでいた夏。


 液晶の頭が順に爆ぜてゆくこれをしも現実と呼ぶなら

 ママはきつくタオルを頭に巻いていたそこいらじゅうが火照っていた夜

 綿津見のネットに晒す日録のあるときは貝のようなにくしみ

 デジタルは空洞ばかりの街だろうとっぷり撓む水銀のたま

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 9日 (土)

神變忌

今日は、神變忌。

11時から、福島泰樹さんの法昌寺で三回忌法要。
法昌寺を訪れるのは初めて。

午後は、神變忌シンポジウム。
藤原龍一郎さん、坂井修一さんと鼎談。3時間ほど壇上にいた。
塚本短歌との出会い、塚本短歌にあらわれる「予感」について (戦争/大量虐殺 ・老い ・ほろびゆく短歌)、後期塚本邦雄についてという内容で話す。
藤原さんの作品の深掘りに、教わること多し。
坂井さんの塚本邦雄との交友に、感じること多し。

いささか手前味噌だが、後期塚本邦雄の考証ということでは、一歩前進と言えるのではないだろうか。

喜劇を志向した後期塚本邦雄が、80年代の現代短歌にどう関わったか。ライトバースの時代だったのである。
どん底の日本を撃ちながら、最高の技術と深切な韻文精神で、現代短歌を鼓舞していった。時代の潮流を呑み込みながら、塚本短歌は枯れることがなかったのである。

魚村晋太郎さんから鼎談の話をいただいたのは、今年の一月。
長い旅はひとまず終わった。

20070609_020

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年1月14日 (日)

NHK短歌

NHK短歌(ETV)に出演することになった。
三枝昂之さんのゲストである。


NHK短歌放映は、

 1月20日(土曜) 朝 7:30~8:00 

 1月25日(木曜) 朝 5:30~6:00 再放送

ゲストの一首、今回は、

  病葉の電子メールが届くたび水の光はゆれてかなしも

                                                        『環状線のモンスター』

短い時間だが、三枝さんと、短歌のリアリティーについて話し合う。

本当は、二時間ぐらいほしいところ。

「堂々日本史」の内藤アナウンサーにお会いできてよかった。
好きな番組だったのである。
もう10年前だという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 5日 (火)

倒れる自転車の問題

 自転車がいまやはらかく倒れたり対人地雷を敷きつめし地に

               大辻隆弘「未来」20067月号

「未来」の夏の大会2日めの批評会で取り上げられた歌である。読み落としていた歌だ。
ちょうど、大会1日めのシンポジウムで黒瀬珂瀾君が本歌取りの問題を鋭く論考していただけに、あっ、と思った。

この歌は、どう評価すべきか。

言うまでもなく、

  風いでて波止の自転車倒れゆけりかなたまばゆき速吸の海

               高野公彦『水木』
                   *ルビ 波止=はと 速吸=はやすひ

を踏まえている。大辻君がこの歌を知らぬはずがない。しかし、読者はそうとは限らないのだ。

上句の自転車が倒れるというイメージの引用と捉えたい。高野さんの作品を踏まえるなら、自転車を、茫洋とした眩い海の景から、対人地雷を敷きつめた絶望の地に移し替えたと言える。その暗転に批評性がある。ただし、対人地雷が埋められた地に自転車とは、余りにアンマッチだ。現実感が乏しい。計算違いではないか。

本歌は時代的に近すぎる。
パクリというには高名な歌である。しかし、シンポジウムでは、時間の関係か、この問題について指摘はなかった。これは批評側の問題となってくる。引用を前提に成り立っている歌に、その言及がなければ、作者は居心地の悪い思いをするのではないか。

しかし、一番の問題は、本歌の方が数段いい歌だということである。その点、作者の意図が分からない。
本歌に比べ、大辻君の歌は、上句が冗漫である。あらためて「風いでて波止の自転車倒れゆけり」の濃密さが思われる。無論、「倒れゆけり」の急迫調が巧いのである。

本歌取りに、様々な規準があるが、本歌に拮抗する歌であることが大前提ではないか。


本歌取り、引用の問題は難しい。読者の受容レベルが人によって、時代によって、変動するからだ。
それをどう想定するか。これは、もう、雑誌に発表して読者の反応を見るしかないだろう。雑誌はそういう場であってよい。
オリジナルの認知度、その引用の評価等々、できるだけ多くの読者の目に触れた方がよい。1人の読者の知識には限度があるからだ。

2006090103_049

| | コメント (11) | トラックバック (1)

2006年6月21日 (水)

近藤芳美先生、逝去

近藤芳美先生がお亡くなりになった。享年93歳。

寂しい空虚が拡がる。

はじめての東京歌会のこと、よく覚えている。歌とは何か、詩とはなにか、その根っこを教わったのである。

近藤先生の思い出をみんなと語りたい。

写真は、2003年1月12日、「未来」の新年会のときのもの。 「老人代表でして」と、スピーチに立った近藤芳美先生。会場を沸かせた。「ぼくはね、今年九十になるんですよ。九十まで生きるとは思わなかったんですがね」と続ける。
  「ついでに言うと、九十まで短歌をつくるとは思わなかった」と先生。一瞬、街路樹の葉がさらさら鳴った気がした。一生の表現として短歌を選んだ思いが「ついでに」と、さりげなく語られた。それが胸に沁みたのである。「どうして長いこと短歌を作ってきたか。やはりいい先輩に恵まれたことですよ」と先生は微笑む。その先輩に、斎藤茂吉の名前が挙げられると、めまいがした。

  金屏風の前に、杖をついて直立する先生の姿は強い印象を残した。入会したばかりの盛田志保子は「がつんとショックでした」と、深夜たかぶった様子でメールを寄こした。

Photo_1

先生が大きな未来の会に姿をお見せになったのは、これが最後だった。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年1月 1日 (日)

元旦

正月休みは、髭をのばす。ほんの一週間である。髭にぱらぱら白いものが混じっているのに驚く。

島木赤彦が

  山深く起き伏して思ふ口髭の白くなるまで歌をよみにし

と歌ったのは、大正14年、49歳のときである。

自分は、今年11月で47歳。 赤彦の境地は遙か彼方である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月22日 (土)

彗星集二周年記念歌会

全国の彗星集のメンバーで集まろうということで、二周年記念歌会を催した(東京・お茶の水)。

全国から20名ほど集まって楽しいひとときだった。初対面のメンバーも多かった。はじめて、あいさつする。いいものである。

ぼくが岡井先生に初めて挨拶したのは、入会から四ヶ月後の未来新年会だった。そのときのことはよく覚えているのである。

今日は、歌集歌書の批評と歌会、懇親会というプログラム。企画・運営は、浅羽佐和子さんである。

取り上げた歌集歌書は、拙著『短歌レトリック入門』(発表、杉森多佳子)、佐藤羽美歌集『100の呼吸で』(発表、須崎友文、枝川由佳)、紺乃卓海歌集『原罪の殻Ca』(発表、佐藤有希、鈴木智子)である。
  徐々に力をつけて、1980年代の「ゆにぞん」のような現代短歌に何か問題提起をできる集団になりたいと思っている。そのために、冒険心、遊び心そしてプロフェッショナリズムを大切にしていきたい。若い集団である。

懇親会も二次会もたのしかった。こんなたのしい短歌のあつまりはひさしぶりだ。笹くんがもりあげてくれた。

今日の参加者をマッピングするとこんな感じだ。

青森: 佐藤羽美
福島: 鈴木博太
千葉: 岩崎恵
埼玉: 佐藤理江、枝川由佳
東京: 須崎友文、盛田志保子、浅羽佐和子、笹公人、天道なお、宮野友和
横浜: 神保元、綾倉由紀、佐藤有希
名古屋:紺乃卓海、杉森多佳子、加藤治郎
京都: 佐原みつる
大阪: 鈴木智子 
広島: 紙村一味 (敬称略)

来月は、京都で歌会だ。こちらもたのしみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月20日 (土)

未来神戸大会

六甲アイランドの、神戸ベイシェラトンホテルで、未来の大会。

http://jiro31.cocolog-nifty.com/photos/2005/

小林久美子さんをはじめとする関西メンバーの尽力で実現した。

まずは、町田康氏と岡井先生の対談。

町田さんは、「自分の心をどっかにもっていかれるが、おさまりどころのない、空中に放り出される感じで、安心してついてゆくと、途中で置いていかれる、詠んだひとは匿名の彼方にきえている、そんな自分の中に納得のいかないものの方がよい」と詩歌観を語る。

続いて、「西・うた・ことば」という魚村晋太郎さんをゲストに招いてのパネルディスカッション。ぐいぐい引き込まれてゆく。

懇親会の席で。近藤芳美先生が「小市君のあとに加藤君が(毎日歌壇の)選者になってね」と、うれしそうにおっしゃったという話を、桜井さんから聞く。 私のことを気にかけてくださったことがとてもうれしい。

一日目は疲れて、はやめに眠る。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年8月 6日 (土)

原爆忌の花火大会

今日、「未来」が届いた。夏の大会のためか、いつもより早く着いた。スタッフの苦労が偲ばれる。

   原爆忌激しく晴れて卓上に曲がったストローまっすぐなストロー

ちょうどこの作品が掲載されていたので、厳粛な気持ちになる。

20050806_015毎日歌壇の選歌を終えた後、岡崎の花火大会に行く。
豪華絢爛2万発。

「金魚花火」という水上花火がこの大会ならでは。
赤、緑、銀の花火が音をたてて金魚が泳ぎまわるように川面を漂う。
優しくて激しい、幻想的な光景である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 4日 (木)

東桜歌会

東桜歌会、久しぶりに参加。
岡井先生の出席が、ひとまず今日が最後ということだからである。
今後も時間があるときは参加して下さるとのことであるが、一区切りという形である。
二首、出詠。
 
 題詠 「芝」

 
芝草のしばらく逢えぬきみゆえに紅ふかき爪はあそばす


 
自由題

 古釘の白壁町に来たりけり歌は虚なる神の手仕事
言うまでもなく、岡井隆に宛てた歌である。
湿っぽくはならず、それぞれが歌で思いをつづったさわやかな会だった。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2005年6月13日 (月)

弔辞

昨日の通夜に続き、塚本邦雄氏の葬儀に出席する。東大阪の玉泉院。塚本さんの遺影は若々しく眩しかった。読経が低く響く。

弔辞が始まる。馬場あき子さん、そして岡井先生の弔辞は私が代読。ゆっくり読む。

わたしの周辺の、たくさんの歌を作る若者たちは、ほとんどが塚本邦雄の文学上の孫や曾孫たちだと、いう。

そうなのだ、そうなのだ。

福島泰樹さんは、絢爛たる塚本作品を数多引き、この歌で締めくくる。

 固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久に男のことば

葬儀委員長篠弘さん、そして喪主塚本青史さんの挨拶。出棺のときが来た。

塚本さんの棺を担ぐ弟子たちが姿が胸に沁みた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)