2010年7月21日 (水)

篠弘さんと

きょうは、月1回の「NHK短歌」の収録。

ゲストに篠弘さんをお迎えした。

投稿のテーマが「昭和」ということで、昭和一桁生まれの篠さんと、昭和三十年代生まれの私の二世代で語ろうと言うわけだ。
打ち合わせのときの雑談で、戦時には食糧難ということはなかったという篠さんの話に驚く。実際の食糧難は兵士の帰還後すなわち戦後におこったという。

健康優良児表彰は、昭和5年に始まった。
『健康優良児とその時代』(高井昌吏・古賀篤)に詳しい。
戦時の日本である。
健康優良児となった男子はいち早く召集され半分は死んだという記録がある。怖ろしいことである。

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対談は「不安」について。

  原不安と謂ふはなになる 赤色の葡萄液充つるタンクのたぐひか

                         葛原妙子『葡萄木立』
 
「原不安」とは、心理学の用語で出産時の胎児の不安のこと。
不安ということを調べていくうちにフロイトの『制止、症状、不安』(1926年)という著作に出くわした。そこに「原不安」という言葉があったのだ。
篠さんは
 「加藤君は難しい歌を選んできたなあ」
とおっしゃった。

今日は、リハーサルなしの一発撮り。
博識な篠さんに助けられた一日だった。

放送は、8月8日。

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2010年2月11日 (木)

三世代

野口あや子歌集『くびすじの欠片』を語る会が二週間後となった。
全国から歌人が集まってくる。じき煮えたぎるだろう。
当日の風景を思い浮かべる。

岡井隆先生が80代。私が50代。野口さんが20代だ。
これが結社というものだろう。
この三世代の厚みを思うのである。
それはおそらく短歌が伝統詩であることに関わっている。
それぞれの世代が、この短歌という伝統詩に新しい風を吹き込んできたのだ。

20代の私は、近藤芳美先生の歌会に参加した。
そのころそれを何とも思わなかった。
しかし、今になって、それがかけがえのない場だったと思うのである。
近藤先生はよく若い会員に向かってこう言った。
「君たちの歌は古めかしいね」
その言葉の意味が分かったのもずっと後のことだった。

cafe

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2010年2月 6日 (土)

黒瀬珂瀾『空庭』を語り合う会

今日は、『空庭』の批評会。
盛会でした。
私の発言の要旨を記しておきます。

『空庭』で、秀歌一首を選ぶとすると次の歌である。

 朝に飲む東京の水臭ふとき悲しみは噴きいづる蜻蛉  黒瀬珂瀾

「遠い水」より。春日井建への挽歌である。
訃報を受け、師へ思いを馳せる。
その遠さは、名古屋という距離ばかりではない。
澄んだ朝の水は、春日井建を象徴していよう。
私は臭い東京の水を飲んでいる。それは自らの境遇や状況を象徴している。
あまりに師は遠いのだ。それが哀しいのである。
蜻蛉の様は、そういう哀しみが解きはなたれてゆく美しい幻影である。

 *いま付記すれば、「悲しみは噴き・いづる蜻蛉」という前衛短歌的句跨りを含め、完成度の高い作品である。

(パネラーの荻原裕幸さんの「主要作/代表作はどれなのだろう」という発言を受けて)
代表作は、作者がつくるのではない。代表作は、読者がつくるものである。
秀歌、代表作、愛唱歌などいろいろな言い方があり微妙に違うのだが、いま、秀歌を生み出す共通の基盤がなくなったのではないか。

パネラーの永井祐さんは「一番好きな歌」として

 日本はアニメ、ゲームとパソコンと、あとの少しが平山郁夫   黒瀬珂瀾

を挙げた。
私と永井君が一晩議論しても平行線だろう。
かつてあった歌の価値判断のコンセンサスが崩壊している。
これでは、代表歌を押し上げてゆくことは困難なのである。

 *いま付記すれば「一番好きな歌」というのも、秀歌、代表作、愛唱歌とは違ったニュアンスである。秀歌=一番好きな歌とならないことが、一番問題なのではないか。
 秀歌の基盤が崩壊したことが、作者側にフィードバックされることは言うまでもない。それは歌集編集(選歌)に反映するのだ。

加藤治郎は、医者から一日2リットル水を飲むように言われている。
血がドロドロなのである。
黒瀬珂瀾『空庭』は、「知がドロドロ」なのではないか。
短歌形式は本来整流器として機能すべきもの。余分なドロドロを洗い流してくれる。

知を洗い流して、真っさらな心・魂で世界に向かうべきではないか。
ゼロベースで、世界を掴み取ってほしい。

『空庭』は、いい歌集である。
(なぜか会場から笑い。「でもいい人よ」的に受けとめられたのかな)

黒瀬珂瀾は、10年、20年に1人の逸材。
頑張ってください。

 *付記 毎日新聞の今年(2009年)の歌集5冊に、私は『空庭』を推している。

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2009年4月10日 (金)

NHK短歌

暖かいというか、もう暑いぐらいの名古屋です。

さて、4月から「NHK短歌」の選者を務めることになりました。

「NHK短歌」私担当の第一回放送は、4月12日(日曜)朝7時~7時30分です。
http://www.nhk.or.jp/tankahaiku/tanka_senja/index.html

少し早いですが、ぜひ、ご覧ください。

また、ただ今、作品募集中です。
テーマは「家族の歌」。

https://www.nhk.or.jp/tankahaiku/mail/tanka_toukou.html

皆さんの投稿をお待ちしています!

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2008年4月26日 (土)

京都、列島縦断短歌スペシャル

25日(金)から京都入り。

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今日は、NHKBS2の列島縦断短歌スペシャル。

今回の京都歌会会場は、渉成園。

主宰は、三枝昂之さん。
メンバーは、春日いづみさん、和嶋勝利さん、佐藤弓生さん、平岡ゆいさん、加藤である。

前夜、よく飲んだ。三枝さんと率直な話ができたことが収穫。
春日さん、平岡さんは初対面。春日さんは真木子さんの娘さん。
平岡さんは「弦」所属。若いがしっかりした方だ。
和嶋さんは、三枝門下の俊英。さすがに批評は冴えている。
弓生さんは、唐津以来のライバル。

歌会1部のテーマは、「京都の通り」


 夜明けなどないかのように遊ぶ子のあねさんろっかくしあやぶったか


5点入り、弓生さんに次ぎ2位だった。
この歌、票が入らないんじゃないかと思った。
下句のわらべ歌は、歌会参加者は了解済みという予想はあったが、上句のニュアンスが伝わるか、疑問だった。
さすがに、三枝さん、和嶋さんの批評は的確。
わらべ歌のある種の残酷さ、無気味さにも言及してくれた。
自分としては、荒んだ少年のイメージがあったが、それも伝わったようだ。

1部は、司会も担当したが、こちらは、まだまだという感じであった。


歌会2部の題は、「新しい」または「水」
投稿者(視聴者)と同じ題というのは、プロデューサーの計らいだろう。

これは、ほんとの即詠で、昼休みにつくった。
岡井先生が出した「新しい」に、ぴんと来て、これでいこうと決めていた。
まあ、できたと感じたが、もっといい歌が出来るかもしれないと思った。でも、一首できてしまうと、なかなかつくれないのが現実。
弁当が目の前にあるので、思考がとまってしまった。


 薄闇に響きがあれば新しいノブのつらなる廊下をあゆむ


抽象的な感覚から、現実のイメージへの転換があるだろう。
初句は「夢の底に」という案もあった。
また「かなしみに」も検討。
京都の街の雰囲気を出すために「ノブ」は、「花」や「枝」も考慮した。

こちらは7点入って1位。2位は弓生さん。死闘は続く…。



三枝さんを囲んで、京都駅のお店で打ち上げをした。

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2008年4月12日 (土)

笹井宏之歌集『ひとさらい』を語る会のご案内

こんにちは。お元気ですか。
イベントのお知らせです。

Photo

われわれの友人である笹井宏之さんが第一歌集『ひとさらい』を上梓しました。
つきましては、下記のとおり、笹井さんの歌を語り合う会を開催したいと思います。
笹井さんの地元・九州での会となります。
ゲストに穂村弘さんをお迎えします。

ぜひご参加いただきますようご案内申し上げます。


           記


【日時】 5月24日(土曜)14時受付開始

    ・語る会 14時20分~17時30分
 
    ・懇親会 18時~20時

【批評会場】 八重洲博多ビル3F 会議室6
http://www.kyushu-yaesu.co.jp/hall/index.html

最寄り駅 福岡市地下鉄空港線 博多駅 徒歩5 分
福岡県福岡市博多区博多駅東2丁目18-30
TEL:092-472-2889


【懇親会会場】 後日お知らせします。


【語る会内容】 パート1 穂村弘と語る『ひとさらい』 (聞き手 加藤治郎)

        パート2 フリートーク


【会費】 批評会1,500円 / 懇親会4,500円

*批評会にはミネラル・ウォーターが付きます(持ち込みは、お持ち込み料発生)
 

【主催】 グループ彗星


【申込み先メール】 加藤治郎

お手数ですが、件名を「ひとさらい批評会申込み」とし、下記の項目と、A、B、Cのいずれかを明記のうえお申し込み下さい。
   

・お名前          
・ご住所
・所属(結社・同人誌・グループ等)


A、批評会と懇親会に出席

B、批評会のみ出席

C、懇親会のみ出席


勝手ながら、準備のため、出欠のお返事は5月15日までにお願いいたします。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。


☆笹井宏之歌集『ひとさらい』は、こちらでお求めになります。

http://www.bookpark.ne.jp/cm/utnh/select.asp

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2008年4月10日 (木)

石川啄木賞作品募集のお知らせ

このたび、北溟社により「石川啄木賞」が創設されました。
俳句、短歌、詩、それぞれの部門で募集です。
短歌部門では、大塚寅彦さんと加藤治郎が選考委員を務めます。
締切、迫っていますが、皆さんの応募をお待ちしています!
詳しくは、添付のPDFファイルをご覧ください。


応募締切 平成20年4月30日

短歌30首

なお、住所、氏名、電話番号、生年月日、結社名(所属があれば)を別紙に書いて応募ください。

応募は郵送のみの受付になります。

▼募集要項(PDFファイル)


「ishikawa.pdf」をダウンロード

お問い合わせは、北溟社にお願いいたします。

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2007年12月18日 (火)

菱川善夫氏を悼む

12月15日、菱川善夫氏が逝去された。
78歳。胃癌だったと新聞は伝えた。
なんということだ。壮絶な死であった。
前衛短歌は根こそぎ終ったと思った。

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今年6月の神變忌シンポジウムでお会いしたのが、私には最後となった。
菱川さんは会場発言として、強い調子で、われわれを叱咤した。

 春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状 塚本邦雄

この歌はこう読むんだと菱川さんは、微笑んだ。
「あっ! あかねさす召集令状」
この「あっ!」は、絶叫であり、それでいて、現代短歌の未来への希望ともいえる、晴朗な声であった。
はっきり耳に残っている。

 現代短歌はすでに前衛短歌をもって終わっているのである。批評家の任務が未来の目を先取して現代を批判するところにあるとはいえ、ともに死するに足る作家と作品を持たぬところに、未来の目の豊かであろうはずもありえまい

                        菱川善夫「実感的前衛短歌論」

これだけ作家と斬り結んだ批評家は絶後である。
われわれが本当に欲しいのは、解釈や技術批評ではない。
この苦闘続きの現代短歌を先導する勇気が欲しいのである。

 激しい否定と断絶を求める精神にしか、現代短歌は成りたたないのである。

                    菱川善夫「現代短歌と近代短歌」

あなたの言う意味での、現代短歌は、死滅寸前である。

菱川さん!

ご冥福をお祈りいたします。

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2007年11月30日 (金)

柳澤美晴さん

「未来」彗星集の柳澤美晴さんが、本年度の歌壇賞(本阿弥書店主催)を受賞することになった。
11月26日の毎日新聞夕刊で、告知された。
受賞作タイトルは「硝子のモビール」である。

柳澤さんとの出会いは、「うたう」(短歌研究社)のコンテストで、作品のやりとりをしたことだった。柳澤さんは21歳だった。

「未来」で彗星集というぼくの選歌欄がスタートするとき、柳澤さんは参加してくれた。
それから一直線だった。紆余曲折はあったに違いないが、未来賞、短歌研究新人賞次席と、真っ直ぐに進んだ。

次席でよいのではないかと思った。短歌研究新人賞次席。経歴に書ける立派なキャリアである。
柳澤さんは、次席をよしとはしなかった。そこが凄いところだった。

柳澤さんの作品には、現代短歌の骨格がある。塚本邦雄からの摂取もある。序詞をはじめ現代短歌の修辞を縦横に操る。
その技巧の冴えをむしろ危ぶんだこともあったが、近作では、自らの生の根拠に遡るモチーフの確かさも見えてきた。
それが今回の受賞に繋がったのだろう。

おめでとう!

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2007年9月22日 (土)

The Final Cut

「短歌研究」10月号が届く。30首8回の作品連載が終わる。
二年間だが、あっという間だった。

最終回は、気ままに詠んだ。

そうだ。夏休みに創ったのである。
太陽が撓んでいた夏。


 液晶の頭が順に爆ぜてゆくこれをしも現実と呼ぶなら

 ママはきつくタオルを頭に巻いていたそこいらじゅうが火照っていた夜

 綿津見のネットに晒す日録のあるときは貝のようなにくしみ

 デジタルは空洞ばかりの街だろうとっぷり撓む水銀のたま

  

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