« 2010年7月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年8月 1日 (日)

賢治短歌の謎

土日は、宮沢賢治学会の夏季特設セミナーに参加。
会場は、宮沢賢治イーハトーブ館ホールである。

イーハトーブ館の宮澤明裕さんは、賢治の弟のお孫さん。若い方であった。

セミナー一日目は、佐藤通雅さんの基調報告のあと、
平澤信一氏(明星大学教授)の「「青びとのながれ」について」
島田隆輔氏(島根県立松江工業高等学校教諭)の「短歌から文語詩への転生について」の2つの講演。
精密な分析で、頷くばかりであった。

さて、出番は、二日目である。
佐藤通雅さんとタクシーで会場に向かう。
途中、イギリス海岸を案内していただく。イギリス海岸という名前で風景が一変するから、言葉の力は凄い。

さて、講演のテーマは「賢治短歌の謎」。
まず、1988年に花巻を訪れたこと。
「小岩井農場 パートⅩ」という作品を発表したことを話す。
賢治讃歌である。
 ここにいる疑いようのないことでろろおんろおん陽ざしあれここ
 ひとしきり母の叫びが風に添う 雲のぷあぷあ草のれれっぽ
 洪水だあ、とはしゃいでたのは私です むろんヨーグルトになっちまいましたが

また、吉本隆明が『ハイ・イメージ論』で、賢治の詩を「普遍的喩」という概念で分析したこと。
それに非常に影響を受けたことを話す。

さて本題。賢治短歌の幻想性を話す。賢治短歌そのものが短歌史における大きな謎なのである。

 泣きながら北に馳せ行く塔などの/あるべきそらのけはひならずや
 ブリキ缶がはらだゝしげにわれをにらむ、つめたき冬の夕方のこと
 巨なる人のかばねを見んけはひ谷はまくろく刻まれにけり

 つつましく/午食の鰤をよそへるは/たしかに蛇の青き皮なり
 そらはいま/蟇の皮もて張られたり/その黄のひかり/その毒のひかり
 入相の町のうしろを巨なる/銀のなめくぢ/過ぐることあり
 
 雲ひくき峠越ゆれば/(いもうとのつめたきなきがほ)/丘と野原と
 学校の郵便局の局長は/(桜の空虚)/齢若く死す

 うすらなく/月光瓦斯のなかにして/ひのきは枝の雪をはらへり
 青じろき流れのなかを死人ながれ人々長きうでもて泳げり

幻想の深度と迫真性において時代の水準を抜いている。
しかも賢治13歳~22歳の作品なのである。

話が終わると、質問の嵐。手応えを感じた。
なんとか務めを果たせてほっとした。

私のあとは、桑島法子さんの朗読。
「水仙月の四日」「青びとのながれ」「アンデルゼン白鳥の歌」
セミナーは最高潮に。

佐藤さん、桑島さんとともに、注文の多い料理店「山猫軒」で昼食。

新花巻の駅に向かった。

賢治三昧の二日間だった。

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2011年1月 »