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2005年6月23日 (木)

思い出のフォトグラグ

「マイフォト」のwizard,starsそれぞれ写真をたくさん追加しました。

starsが「未来」&彗星集関連のドキュメント

wizardが、歌人のふうがわりな日々の思い出です。

なお、掲載写真にお気づきの点がありましたら、ご連絡ください。

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2005年6月13日 (月)

弔辞

昨日の通夜に続き、塚本邦雄氏の葬儀に出席する。東大阪の玉泉院。塚本さんの遺影は若々しく眩しかった。読経が低く響く。

弔辞が始まる。馬場あき子さん、そして岡井先生の弔辞は私が代読。ゆっくり読む。

わたしの周辺の、たくさんの歌を作る若者たちは、ほとんどが塚本邦雄の文学上の孫や曾孫たちだと、いう。

そうなのだ、そうなのだ。

福島泰樹さんは、絢爛たる塚本作品を数多引き、この歌で締めくくる。

 固きカラーに擦れし咽喉輪のくれなゐのさらばとは永久に男のことば

葬儀委員長篠弘さん、そして喪主塚本青史さんの挨拶。出棺のときが来た。

塚本さんの棺を担ぐ弟子たちが姿が胸に沁みた。

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2005年6月12日 (日)

毎日歌壇選歌始まる

毎日歌壇の選歌の掲載が始まる。

ちょうど、作品「電車頭」5首も掲載された。こんな歌をつくる選者かよ、と読者は呆れるだろうか。

  ごうごうと電車頭のたまきわる内にいながら目覚めるだろう

佐伯裕子さんの「短歌月評」、新刊紹介、酒井佐忠さんのコラム「今朝のうた」があり、充実した歌壇・俳壇面である。

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2005年6月10日 (金)

もともと短歌という定型短詩に、幻を見る以外の何の使命があろう。

塚本邦雄  

「短歌考幻学」(「短歌」昭和39年4月号、角川書店)

幻を見る営為。そこから、現代短歌は蘇生する。

塚本邦雄氏が亡くなられた。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

毎日新聞訃報

朝日新聞訃報

読売新聞訃報

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プロの集団

わたしはかつて、わたしたちの「未来」を、短歌作者としてのプロの集団と思っていると言ったことがある。

近藤芳美  『[短歌と人生]語録』 (砂子屋書房2005.5)

本著、冒頭の言葉である。短歌結社「未来」は、ただのたのしみ、ただの勉強の場所ではない。「わたしにはそうした人らに割く人生の余裕などはない」と言い放つ。

プロとは何か。果たして結社はプロの集団か。

「「未来」会員で、わたしの歌集もほとんど持っていない人がいるようである」と芳美は嘆く。

今日届いた、「未来」6月号で、近藤先生の選歌終了が告知された。

寂しくてしかたがない。

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2005年6月 7日 (火)

千個の穴

「さよう、短歌は千個の穴である。」

坂井修一 

(角川「短歌」2005年6月号・歌壇時評「映像文化と短歌」)

「一首の短歌は、DVDの上では、千個程度の穴の列にすぎない」という。DVD一枚に短歌というジャンル丸ごと入ってしまうとも。

第二芸術論まで、この詩型の短さが糾弾されてきたのだが、その短さが、今、見直されているのだ。

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2005年6月 5日 (日)

続春日井建歌集

国文社現代歌人文庫『続春日井建歌集』を読む。本書は、氏が逝去の直前、自身の手で編纂を終えたものである。『白雨』が完本。『青葦』以降の自選歌集となっている。

ところで、歌論に「口語のかおる部屋のサニー・サイド・アップ──加藤治郎」が収録されていた。6頁に渡る。胸がいっぱいになった。最後の最後までお世話になりっぱなしであった。

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